「一夜、風に吹かれて地表は落ち葉に彩られてしまった。その中に精妙な形にくりぬかれたいくつもの葉があった。
虫食いの造型である。おもしろくしかも不可思議な形象であった。それら一枚一枚を老僧は手にとって楽しんでいた。
 老僧は本堂にあがり読経した。経典を見ればすでに文字が失われ、渋紙色の虫食い模様の世界が展開されていた。」

 
この古い神話は、私の型染発見のひとつの契機となったものである。
日本に仏教が伝来したころ、布教の札(印仏・摺仏)量産のため木版と合羽摺りの技法が大陸から伝播された。
合羽摺りは、糊防染型染(のりぼうせんかたぞめ)の進歩により布に点火され、公家武家の家紋、
シンボルとしての旗・幟の染色に、琉球紅型、型友禅、武士の裃(江戸小紋)、庶民の浴衣(中形)、着物の世界へ発展した。
木版は和紙に点火して、経典、和本、浮世絵の世界へ発展した。双方、江戸時代に世界が注目する日本美の極地を生み出したのである。
 型染の要素「防染糊」は、米作り日本では良質なもち粉と米糖が得られた。何枚もの和紙を柿渋で塗り重ねて出来上がる、
彫るための紙「渋紙」は、古くから強靱な和紙と豊富な柿がある、日本の風土が必然的に生みえた型染の世界なのである。
 彫り上げた型紙を版とし、布から和紙に変えて染め上げる、型紙が複製の核となり限定をうつことで「型紙版画」と銘々し、
制作に着手して三十年。暮らしの中で出会う感動を大切にし、「自然と生活のゆらぎ」をテーマに型染版画を発表してきた。
 片彫りは、「日向」「影」「日向のくくり」「影のくくり」の四つの基本彫ですべての風景を表現する。
渋紙を彫り抜く合間に光を当てて彫り具合を見つめるとき、白と黒の世界へ引き込まれる。白黒の狭間に七色の世界を
イメージできたとき、型彫りの喜びを感じる。型彫りに重要な制約がある。それは彫り抜いた形がばらばらにならないように
「つなぎ」をつけること、”つなぎをつなぎと感じさせない”工夫を追求する事で独特の緊張感と小気味よさを生み出す事ができる。
木版や日本画にない型染版画の世界である。
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<田中清略歴>
1947年 兵庫県但馬に生まれる。
1966年 県立八鹿高校を卒業し、京都の染色図案家の内弟子となる。
1967年 岡村多聞堂へ入社。
1970年 中央美術学院でデザインを学ぶ。
1973年 日本各地を取材し、型染版画の制作を始める。

翌年から展覧会に出品し、毎年個展を開く。
朝日新聞に連載小説の挿絵や連載絵「多摩の新景」などを掲載する。
主な著書に、型染版画集『つなぎ』(皓星社)、画集『多摩の新景』、
画集『渋紙に点火される美』など。


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